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/《働く萌先輩》

「だぁー……、やっと終わった」

　帰りのＨＲが終わると、朝倉純一はぐでーっと机の上に
突っ伏す。
#NEXT

「ったく、毎週毎週土曜の半ドンってなんとかならないの
　かよ」

　隔週で平日と同じコマ数の通常授業でいい気がするが、
どうしてこう毎週かったるい半日を過ごさねばならないの
だろう。

　怠惰な姿勢そのままに、純一は頭と口から悪態を垂れ流す。
#NEXT

　首だけ動かして周囲をうかがうと、周りの生徒は部活や
ら昼食やら、午後の予定などを話しながらどんどん教室か
ら散っていく。

「さてさて、俺も帰るかな」

　純一は気怠げに身体を起こすと、空気と数枚のプリント
しか入っていない鞄を肩に引っ掛けて、昇降口を目指す。
#NEXT

　外に出ると、土曜の昼特有の長閑な空気と、初秋の青空
が純一を迎える。

「んー、きもちいいーな」

　十月の頭に入り、夏よりも幾分か弱くなった陽射しと、
爽やかな風、そしてあちらこちらから香ってくる金木犀の
甘い匂いが純一を上機嫌にする。
#NEXT

　こんな日は、かったるいことなんて考えずにのほほんと
過ごすに限る。

「商店街で適当にテイクアウトして、桜公園で食うとする
　か」

　純一は午後の方針を決定すると、他の学生と同じように
校門を抜けようとする。
#NEXT

　しかし――

「あーさーくーらぁーっ！　待ちなさーい！」

　突如、自分と思しき苗字を叫ぶ声が聞こえてくる。
#NEXT

「ん？　なんだ？」

　純一が校舎の方を振り返ると、ドドドと砂煙を巻き上げ
て、眼光を光らせた猛獣が純一めがけて突進してくる。

「チェストッ！」
#NEXT

「ぐはっ……！」

　純一は見事に走ってきた猛獣のタックルをもらう。

「痛ってぇ……。なんだよ、お前に一撃見舞われるような
　こと、“今日は”してないだろ……」
#NEXT

「うっさいわね、止まれなかったのよ」

「でも、掛け声が……」

「いいじゃない、掛け声ぐらい」

　そういって、水越眞子は少し乱れた前髪をさっとかき上
げる。
#NEXT

「で？　眞子は俺にタックルかましてまで何の用なんだ？」

「あー、うん。とりあえず、はいこれ」

　純一の目の前にやや大きめの布製のバスケットが差し出
される。
#NEXT

「……？」

　純一はバスケットと眞子の顔を交互に見る。

「ったく、察しが悪いわねえ、あんた。これはお姉ちゃん
　の忘れ物よ」

　眞子はそのままバスケットを純一に押し付ける。
#NEXT

「えーっと、つまりこれを萌先輩のところまで届けろ、と？」

　眞子の姉であり、純一の恋人でもある水越萌は、本校を
卒業した後、実家が経営する水越病院に勤めていた。
#NEXT

「そういうこと。ほんとはあたしが持っていくはずだった
　んだけど、今日は部活でどうしても外せないのよ。それ
　に、あんたお姉ちゃんの彼氏でしょ」

　お願い、と両手を合わせる眞子。

　物を頼むにしてもなんだか順番がおかしい気がするのだ
が……。
#NEXT

「わーったよ。かったりいけど、萌先輩に届けない訳にも
　いかないだろ」

　それに、届け物がてら恋人の顔を見に行くのも悪くない。

「ありがと。それじゃよろしくね、朝倉」

　屈託無く眞子が笑う。
#NEXT

「あ、あと、そのバスケットは開けちゃダメだからね。保
　冷剤は入ってるけど中身傷んじゃうから」

　それだけ言うと、眞子は手を振りながら校舎へと駆けて
行ってしまった。
#NEXT

　保冷剤が入っているということはお弁当だろうか？

　であれば、なるべく早めに届けなくてはなるまい。

「かったりいけど、急ぎますか」

　重大な任務を帯びた純一は、少しだけ早足で水越病院に
向かうことにする。
#NEXT

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「それにしても、萌って病院で何の仕事をしてるんだろ
　う……？」

　初秋とはいえ、まだまだ黄色よりも緑の多い桜並木を抜
けながら純一はふとそんなことを考える。

　今までは、仕事の邪魔になるといけないと思って萌の職
場に顔を出すことは殆ど無かった。
#NEXT

　看護師の免許は持っていないので、裏方として総務系の
仕事をしているらしいが、はたして務まっているのだろう
か？

「でもまぁ、萌なら例え免許がなくったって、ずっと看護
　されてたいけどなぁ……」

　萌のナース姿を想像しながら、純一は思わず頬が緩んで
しまう。
#NEXT

　スタイルもいいし、メイド服があれだけ似合う人なんだ、
ナース服だって絶対に……――

「……今度、さり気なく洗濯物に混ぜてみようかな……」

　そんな邪な妄想を膨らませているうちに、純一の体は水
越病院の前まで到達していた。
#NEXT

　入り口の自動ドアをくぐると、お約束と言っていい消毒
液のニオイが純一の鼻腔を刺激する。

　とりあえず、純一は萌のメインの仕事場である事務局に
向かう。
#NEXT

　比較的大きな通路を進むが、頃合い的にとっくに昼休み
なのだろう、道中でほとんど人とすれ違わない。

「眞子から連絡は入ってるはずだけど、入れ違いとかかっ
　たりいぞ……」

　純一は一抹の不安を抱えなが事務局のカウンターを覗く。
#NEXT

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「あ……」

　そこには、人が出払ってしまったデスクの中でひとり、
真剣な面持ちでパソコンに向かう萌の姿があった。
#NEXT

　制服の白いブラウスにチェックのベスト、そして黒いス
カートを着こなす姿はまさしく「働くお姉さん」そのもの
だ。

　お世辞にも速いとは言えない人差し指二本でのタイピン
グではあるが萌は着実に仕事をこなしているように見える。

　学生の頃はよく寝ていたし、ぽやっとしている人だから
少し心配していたが、やはり根は真面目なのだろう。
#NEXT

「萌……頑張ってるんだな」

　眠りもせずにきびきびと働く萌の姿は、純一からすれば
実に感慨深い。

　と同時に、働く萌の姿はまだ学生の純一にはどうしても
大人に見えてしまう。

　そんな純一の様子に気付いたのか、萌が顔を上げる。
#NEXT

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「あら朝倉くん、こんにちは」

　にっこりと笑って萌が挨拶をする。

「よお、忘れ物をお届けに上がりましたよっと」

　純一は眞子から渡されたバスケットを目の前で掲げる。
#NEXT

「すみません、わざわざありがとうございます」

　立ち上がった萌がぺこりと頭を下げる。

「あーいや、別にいいって。俺も萌の顔見たかったし。
　それより、仕事はもういいの？」

「はい。ちょうど今、終わったところです」

　ぱたんと萌はノートパソコンを閉じて、座っていた椅子
を机に戻す。
#NEXT

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「ところで朝倉くん、お昼はまだですか？」

「えぇまぁ。学園からそのまま来たんで」

「そうですか。それでは食堂でご一緒しましょう」

「喜んで」

　純一は事務局から出てきた萌と並んで歩き出す。
#NEXT

「それにしても、その制服似合ってますね。バリバリのＯ
　Ｌって感じで」

「ふふっ、そうですか？　朝倉くんに褒めてもらえると嬉
　しいです。朝倉くんもその制服似合ってますよ」

「あははは……、そりゃどうも」
#NEXT

　話をしているうちにふたりは食堂に到着する。

「朝倉くん、バスケットを渡してもらえますか？」

「あ、はい、どうぞ」

　純一は萌にバスケットを手渡す。
#NEXT

「それでは朝倉くん、準備をするので少し待っていて下さ
　いね」

「え？　あ、はい」

　萌はそのままカウンターの中――よりも奥の厨房に行っ
てしまった。
#NEXT

「てっきりバスケットの中のお弁当と食堂のメニューで一
　緒にランチかと思ったんだけど、違うのか……？」

　とりあえず、純一は席を確保することにする。

　お昼時を少し外れてしまっていることもあって、食堂に
人は疎らだ。
#NEXT

　純一はいい具合に陽射しが差し込んでいる窓際の丸テー
ブルを一つ確保すると、まったりと待つことにする。

　食券を買うのは萌が来てからでも遅くはないだろう。
#NEXT


「お待たせしました、朝倉くん」

　いつの間にか、萌がテーブルの脇までやって来ていた。

　「いえいえ……って、ん？」
#NEXT

　萌の隣には配膳用のカートが一台。

　そしてカートの上には久しぶりに見る鍋セット――鍋と
カセットコンロと切り分けられた野菜や肉、そして取り皿
が載っていた。

「ああ、そういうことか」
#NEXT

　純一が持って来たバスケットの中身は鍋の中身だったと
いうわけだ。

「もしかして、いつもここで鍋してるのか？　学園の時み
　たいに」

「はい、特別に食堂（ここ）でさせてもらってます。お鍋
　とかコンロも置かせてもらってるんですよ」
#NEXT

　慣れた手つきでテーブルに鍋セットを展開しながら萌は
にっこりと笑う。

「へ、へぇ……」

　萌のお鍋に対する情熱は流石である。

　もういっその事、食堂のレギュラーメニューとして鍋を
入れてしまえばいいのに……。
#NEXT

「はい、準備出来ましたよ」

　萌がゆっくりと純一の向かいに座り、鍋のフタを開ける。

　ぐつぐつと煮立つ透き通ったダシ汁から、鰹と昆布の香
りがふわっと広がる。
#NEXT

「しゃぶしゃぶか」

「はい、丁度朝倉くんがお好きな鍋で良かったです」

「ええ。それじゃ遠慮無く」

　肉の載った皿に箸を伸ばすと、すっと皿が遠ざかる。
#NEXT

「ん……？」

「ダメですよ。朝倉くんの分は私がしっかりよそってあげ
　ますから」

　純一と鍋を見つめる萌は仕事中より数倍キリッとした顔
をしている。
#NEXT

「あ、はい……」

　それから萌（鍋奉行）は普段からは想像もできないよう
な手練れた動きで、肉・野菜・きのこ類・豆腐と具材を投
入して鍋を進めていく。

　やはりこの人、真剣（マジ）だ。
#NEXT

「はい、朝倉くんどうぞ♪」

　萌によって完璧によそわれた取り皿が純一に渡される。

「お野菜はポン酢にレモンを一絞りしたもので食べると美
　味しいですよ。お肉はポン酢もいいですけど、胡麻ダレ
　も用意してますからお好きな方で召し上がれ」

「りょーかい。それでは改めて、いただきますっと」
#NEXT

　純一はさっそく白菜とネギを口に運ぶ。

「……っ！」

　絶妙な煮加減の野菜にダシとポン酢がいい塩梅で絡み、
あとに残るレモンの風味が純一の食欲を更に増大させる。
#NEXT

「いい仕事、してますねぇ……」

　あまりの美味しさに純一の口から嘆息が漏れる。

「うふふ、ありがとうございます。まだまだあるので沢山
　おかわりしてくださいね」

　自分の分をよそいながら、萌は満足そうに笑う。

「はい、勿論。ハフハフ……、うめぇ……」

　純一は暫し、しゃぶしゃぶに舌鼓を打つ。
#NEXT

「あ、そうだ萌」

　純一は萌に取り皿を渡しておかわりをよそってもらいな
がら尋ねる。

「なんですか？」

「もうじき、萌の誕生日だけど、なにか欲しい物とかある？」
#NEXT

　本当は明日のデートの時に訊こうと思っていたのだが、
せっかくふたりきりのタイミングなので前倒しで尋ねるこ
とにする。

「誕生日……ですか？」

　純一に取り皿を渡しながら、萌はきょとんとした顔になる。
#NEXT

「あー、えーっと、もしかして……」

「はい、すっかり忘れていました。私、もうすぐ誕生日な
　んですね」

　流石萌、相変わらずだ。
#NEXT

「で、なんか欲しい物とかは？」

「んー、そうですねえ、すぐには思いつけそうもないので、
　考えておきます」

　そう言って、萌も箸を動かし始める。

　それからしばらく、ふたりは鍋を楽しむ。
#NEXT


「あのー、朝倉くん。私からもお聞きしていいですか？」

　締めのうどんを投入して、鍋に蓋をした萌が尋ねてくる。

「ん、なに？」

　箸を休めて天井を見上げていた純一は萌に向き直る。
　
#NEXT

「朝倉くんは進路をどうするか、もう決まっていたりする
　のですか？」

「んー、まぁ、とりあえず大学に進むつもり、かな」

「そうですか……。がんばってくださいね」

　萌は少しだけ残念そうにしている。

　一体どうしたというのだろう。
#NEXT

「萌？　もしかして、何かなってほしいものでもあるの？」

　流石に「この病院を継いでくれ」なんて言われるとちょっ
と困ってしまうのだが……。

「はい。朝倉くんには、私の『旦那さん』になってもらい
　たいです」
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　満面の笑みで萌は純一を見つめている。

　その笑顔に、純一はなんだか一本取られた気分になって
しまう。

「……考えとく」
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「それはダメですよ、朝倉くん。絶対になってもらうんで
　すから」

　めっ、と萌が人差し指を突き出す。

「い、いや……、でも俺達まだ若いし……」

　純一はつい、誤魔化すように萌から目を逸らしてしまう。
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　萌からの半ばプロポーズのような言葉は素直に嬉しい。

　でも、まだその言葉の意味に面と向かい合うには少し照
れくさい。

「……うふふ、わかりました」

「え……？」
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　視線を戻すと、純一の心の中を見透かすように、萌は優
しく微笑んでいる。

「今はまだ無理でも、そのうちきっと私の旦那さんになっ
　てくれるんでしょう？」

「えっと……」
#NEXT

「約束ですよ、朝倉くん♪」

「……わかったよ、萌」

　降参、とばかりに純一は苦笑する。
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「ところで、うどんはまだかな？」

「ふふっ、もうすぐできますから、あとちょっとだけ待っ
　ていてくださいね」

　蓋を開けて中をかき混ぜながら萌は答える。
#NEXT

「今の会話……、なんだか新婚さんみたいだな」

　率直な感想が純一の口から漏れる。

「ええ、そうですね」

　そう言うと萌は箸を置いて、そっと純一の前まで移動し
てくる。
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「朝倉くん、口にお野菜が付いてますよ？」

　萌は自分の口にちょんちょんと人差し指を当てる。

「え？　ホント？」

　純一は慌てて口の周りを拭う。
#NEXT

「まだ取れてないです。じっとしててください、私が取っ
　てあげますから」

　すっと、萌の顔が近づいてくる。

　丁度、座ったままの純一に萌が上から被さるような体勢
になる。
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　垂れた萌の髪が純一の頬に触れる。

「だ、大丈夫だって！　自分で……」

　その瞬間、純一の唇は柔らかい感触に襲われる。

　そして同時に口に広がる、淡い酸味。
#NEXT

「……取れましたよ、朝倉くん」

　ゆっくりと萌が純一から離れる。

「レモンの……味？」

「はい、朝倉くんとのキスですから」

　萌は手に持っていたレモンのスライスを差し出す。
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「ぬぅ……」

　今日はなんだか萌に主導権を握られっぱなしだ。

　負けじと純一も一矢を報いることにする。
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「萌の口にもレモンの皮、付いてるよ」

「え？　ほんとですか？」

　萌が油断して口の周りを気にしたところで、今度は純一
が彼女の唇を奪い返す。

　萌との口吻は、やっぱりレモンの味がした。
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「……朝倉くんったら」

　純一から離れた萌は、そっと自分の唇をなぞる。

「ま、これも不慮の事故ということで」

「もう、仕方ないですね」

　そうしてふたり、顔を赤くしながら笑い合う。
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「朝倉くん、さっきの誕生日プレゼントですけど、私決め
　ました」

「お、いきなりか。で、何にする？」

「それは……、朝倉くんです。私はあなたが欲しいです♪」

　萌は悪戯っぽく笑ってウインクする。
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「…………ぷっ、ぷははははっ！」

　萌のあまりに真っ直ぐな好意に純一は思わず吹き出して
しまう。

「まったく、敵わないなぁ……」
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　普段はポケポケしているのに、仕事姿や純一を翻弄する
萌はまさしくお姉さんだ。

　思えば、今日は萌が年上の女性であることを随分と意識
した一日だった。
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「お姉さん、か……。悪くない」

　純一は小さく呟く。

「どうかしましたか？　朝倉くん」

「なんでもないよ、萌」

　そんな年上の恋人のことを純一は愛しく思うのだった。

――Ｆｉｎ
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